我が宿の花見がてらに来る人は・・・
【今年もご訪問ありがとうございました】
今年もあとわずか・・・。 なんだかバタバタしているうちに過ぎ去ろうとしています。 この1年、良いことも悪いことも多々あっただろうけど、なんだか思い出せないのは年のせい? いや年の瀬ですな・・・(;^_^A
とにかく、このブログにご訪問いただきまして、まことにありがとうございます。 他の人気SNSに押され、絶滅危惧種となりつつあるココログではございますが、細々と続けられるといいなとは思っております。
でも、記事の更新も滞りつつありますので、来年はさてどうなりますか・・・。 栄枯盛衰は世の理でございますから、致し方ないことでしょうね。
【我が宿の花見がてらに来る人は・・・】
一応、我が町内の檀家総代を承っておりますので、お寺のお正月準備と清掃を行ってきました。 結構大きなお寺ですので、お飾りも凝っています。
立派な鐘つき堂もありまして、キレイにしたあとにしめ縄を張ります。
自動鐘つき装置も取り付けることができますが、今は取り外してあります。 大晦日に設置するんかなあ?
そして境内をめぐると目に付くのは・・・。
洒落た遊び心というのでしょうか、和歌の立て札が立ててあります。
ここにあるのは、『我が宿の花見がてらに来る人は 散りなん後ぞ恋しかるべき』凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)の歌。 古今和歌集に掲載されている和歌です。
んで、意味というか現代語で表してみると、不思議なことに様々な捉え方がある歌でもあります。 まあ、確かに読んだ人のそのときの心情や背景があるはずなので、それを推察するしかなく解釈が分かれるところでしょう。
一般的には、『我が家の桜(この時代は、花=桜らしい)を愛でに訪れてくれた方も、花が散った後はもうくることもないでしょう。 そんなあなたを恋しく思います』となりますか。
この解釈が人それぞれというかいろいろありまして、『花を目当てで来ていただけで、もう来ないのも寂しいな』とか『花が散ってしまえばもう思い出すこともないだろうな』といった皮肉説まであります。
でも、1000年も前の人も現代人とそう変わらぬ気持ちが汲み取れるということは、和歌は深くかつ面白いですね。
和歌で有名なのは、『百人一首』があります。 カルタでは鬼気迫る真剣勝負もありますが、とにかく絵柄が美しいですね。
雅な衣装ばかりでなく、その絵柄からその人の見分まで分かるそうです。
例えばこの派手な縁の畳。 これは『繧繝縁 (うんげんべり)』と言って、最も格式の高い畳の縁なのです。 天皇クラスが使うことができたので、決してハイカラ好きというわけではなかったのですな。
そんなことを思いながら絵札を見ていくのも楽しですね。
平安時代を飾った女性たちも登場します。 和泉式部は『恋多き乙女』、つまり当時のプレイガールで有名。 この百人一首の歌も、恋の歌だって知ってた?
そして知らない人はいないであろう清少納言。 正確に読めば、清少・納言ではなく、清・少納言ですね。 彼女はいわゆる『陽キャ』で明るい人だったようです。 ちょっと自慢話もすることもあり、執筆した枕草子の中の『香炉峰の雪』のエピソードに表れています。
連続TVドラマの『光る君へ』の中でも出てきましたが、ある雪の日、定子の問いに対し『私、分かっちゃったもんね~』といったやりとりを載せています。 確かに漢詩の知識がなければ定子の述べた意味が分からないので、やはり清少納言は才女と言えます。
紫式部は清少納言とライバルのように捉えられていることもありますが、実際には宮廷勤務の時期は重なってはいないようですね。 紫式部はどちらかというと『陰キャ』で、目立つことはキライだったそうな。 んで、ちとヲタクなところもあったそうな・・・。
彼女は古風で、『女性はしとやかに、主人を陰から支えるのがヨシ』とのことで、清少納言のあけっぴろげな気質(実際には会っていないけれど、枕草子から読み取れる)が気に入らなかったようなので、ライバル視ということになっていますね。
ただ、両名とも1000年を経ても超有名人ということは、稀代の才女ということでありますな。
あ、長くなりましたが、よいお年をお迎えください。










































